2018年7月24日(火)に取材
丘のまち美瑛町は、旭川空港も近く、外国人観光客にも人気スポットとして人気のある観光地であります。その美瑛町で行われている「火祭り」が行わています。
今年も美瑛町まで足を運んで、「那智・美瑛火祭り」の取材をしたいと思います。今年は30年の節目の年ですので、是非取材しなければと考えておりました。
取材する際にも、実行員会や神社にもご挨拶申し上げさせていただきますが、もう30年も行なっていて今後も何とか続けて行って欲しい行事であります。祭りを記録していく中で、この30年という時間を感じて撮影に入りたいと思います。
今年は、「炎」に関わる祭りを多く取材しております。美国、古平の猿田彦の火渡りから始まり、3つ目の「炎」を使用した祭りです。
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「美瑛神社・那智美瑛火祭り」について
このお祭りは、今年で30周年を迎えます。平成になってから30年の時を経て行われております。「北海道の祭り」の歴史でも新しい祭りに入ります。この祭りの素晴らしいところは、神社と町の人の気持ちで出来た新しい祭りであります。美瑛町の歴史に沿った関係性を持っていて、このような新しい祭りは北海道でも無いように感じます。起源は、下記を参照ください。
那智・美瑛火祭りの起源
昨年もこの起源を掲載しておりますが、このブログを書くにも1年に1度ですので、初めてこのブログを見ていただける方もいらっしゃると思いますので、取材の度に掲載致したいと思います。
昭和63年(1988)12月の十勝岳の噴火で、美瑛町は十勝岳の西麓に位置するため、町内の一部地区の住民は避難を余儀なくされました。翌春、避難命令は解除され、住民が戻ってきたものの町は沈滞ムードに包まれていました。そこで美瑛に活気を取り戻そうと住民有志と美瑛神社の宮司様が立ち上がりました。美瑛町の歴史を遡ると、町の基礎を築いたのは明治29年(1896)に和歌山県東牟婁郡那智勝浦町から入植してきた方々でした。美瑛神社は、入植者が故郷の神社から御分霊を授かって建立した小祠がルーツです。改めて町の歴史を振り返る中で、町おこしの祭りに美瑛町のふるさとともいえる那智勝浦町にある熊野那智大社の「那智の火祭」を開催してはどうだろうかというアイデアが生まれてきました。那智の火祭は日本三大火祭りのひとつに数えられる有名な祭りです。当時の熊野那智大社の宮司様と那智勝浦町町長にご相談したところ快諾していただき、「那智」の名前も使用することも許していただきました。そして平成元年、那智・美瑛火祭の第1回が十勝岳の鎮静と安全、美瑛町の発展を祈願して行われました。以後、恒例行事として毎夏開催することになりました。
美瑛神社由緒と祭神
各神社のお祭りの取材したら毎年でも、その神社の由緒と祭神を掲載しようと思います。
美瑛神社の祭神は、
伊邪奈岐神(いざなぎのかみ)
伊邪奈美神(いざなみのかみ)
家都御子神(けつみこのかみ)
大國主神(おおくにぬしのかみ)
【美瑛神社・那智美瑛火祭り】禊ぎ
天気も良くて、祭り日和となりました。午後から境内にて、火祭り参加者が集まり禊ぎが行われます。
まずは、禊ぎから行います。道南の木古内町の「寒中みそぎ祭」をよく見ていいますが、どうにも行い方が異なるようで、神職による
本当の禊ぎのやり方を見せてくれます。
いろいろと掛け声や、神様の名前等を述べながら、禊ぎを行います。
無事に終了し、一同お昼に入り、祈願祭並び火きり神事、松明清祓へと流れて行きます。
【美瑛神社・那智美瑛火祭り】祈願祭並び火きり神事、松明清祓
拝殿にて祈願祭並び火きり神事・松明清祓が行われました。
先ほど禊ぎを行なった参加者は、装束に着替えて参加いたします。
次は、祝詞奏上です。
祝詞奏上が終わると、玉串奉奠(たまぐしほうてん)が行われます。
玉串奉奠(たまぐしほうてん)とは?
祝詞奏上が終わると、玉串奉奠(たまぐしほうてん)が行われます。玉串奉奠(たまぐしほうてん)ってどういうことかと申しますと、神様が宿る榊(さかき)の木の枝をつつしんで供えるということです。
火きり神事
代表者一人が火を起こして行きます。毎年、火起こしに時間がかかったり、そうでもなかったりするようです。
今年は、時間もあまりかからず点火したようです。昨年はどうにも火がつきにくい年でしたが、今年はスムーズに火がついたように感じました。
大松明の柄のところに小さい座布団のようなものを取り付けます。
拝殿での神事は全て終わりました。次は、十勝岳へ向かいます。
【那智・美瑛火祭り】十勝岳鎮静祈願祭・採火式
昨年は曇天でしたが、今年は、少々の雲が出ておりますがいい感じの天気でした。
ここでは、十勝岳鎮静祈願祭が行われます。
鎮火祈祷として、神事が行われます。
採火式に移ります。古い松明に火を移し、竹筒に火を移します。この火をもって美瑛神社まで戻られるようです。
【美瑛神社・那智美瑛火祭り】宵宮祭〜那智・美瑛火祭り
さて夕方になり、この時から宵宮祭が行われます。
拝殿へ向かいます。神職、氏子共々、一列になり拝殿に入ります。
【美瑛神社・那智美瑛火祭り】宵宮祭
宵宮祭とは、神社の本祭りの前夜、時には数日前に行われる祭り。
とあります。
宵宮祭・本祭でも行われる「献饌の儀(けんせんのぎ)」は、神様にお供え物をする儀式です。神職から神職にお供え物を手渡しして行きます。
【美瑛神社・那智美瑛火祭り】奉仕者の準備
宵宮祭が行われている中、火祭りの奉仕者は装束に着替えて準備をいたします。丁度、30年の節目で和歌山県の那智勝浦町の人も参加されているとのことで、那智勝浦町と美瑛町の祭りを通じての交流が出来上がっているのですね。
準備風景
置かれた大松明に参拝者の願い事が書かれておりました。
【美瑛神社・那智美瑛火祭り】丸山公園で点火式
奉仕者が丸山公園に向かいます。大松明は、神社から丸山公園まで運ばれております。大松明を担いで、丸山公園の上まで登ります。
大松明を小高い丸山公園へ持って行き、大松明に火が灯されます。この時は明かりは点火する炎だけで、関係者以外は入ることは許されませんのでご注意ください。特別に法被をお借りして、撮影させてもらっております。
宮司が大松明、一本ごとに気合いを入れて、準備が完了です。合図従い、松明に明かりが灯されます。この光景は、何とも幻想的な光景です。
【美瑛神社・那智美瑛火祭り】大松明点火
大松明に火が入ると、「ホーリャ、ホーリャ」という掛け声で下に降りて行きます。
数回、観客の前を周ると、神社に目掛けて向かいます。
【美瑛神社・那智美瑛火祭り】神社へ向かう
「ホーリャ、ギーリャ」の掛け声で、進んで行きます。沿道には、観光客と地元の人がこの勇壮な姿を見にいらっしゃっています。
大松明の側にいると、火の粉が当然かかりますし、時には火の粉よりも少々大きめの火の粉が身体に付いて、危険が伴います。そんな余裕というか勢いに押されながらの取材です。奉仕者との距離を考えて、邪魔にならないようにと心がけしましたが・・・(気持ちだけ邪魔だったらすいません・・・)
そんな事を思いながらの撮影でした。
【美瑛神社・那智美瑛火祭り】境内でほう1本燃やして練り歩き
境内に大松明が入るちょっと前で、もう大松明は終わりに近い状況です。次は、もう1本を担ぎ、神社境内を練り歩きます。どうにも、良い顔の表情です。
境内の中に入り込んで、太鼓が盛り上げて行きます。心に響く太鼓の鼓動が、祭りをトランス状態にしていくです。
気候のせいなのか、大松明の燃え方が早いと感じてしまいます。その中で、実行委員長と那智勝浦町の人と大松明の交換を交互にした中でのベストショットです。偶然ですが、その場に出くわしました・・・もしかして私、何か持っているかもと勘違いしそうな瞬間ですが、ガムシャラにシャッターを切った1枚です。二人ともいい笑顔です。
2本目の大松明が終わると、火をロウソクに移して、今年の「那智・美瑛火祭り」は終了です。
実行委員長の挨拶です。30年目の節目ですので、少々感無量になりかけました・・・
その中での花束贈呈です!無事に節目の行事を務めましたね。
お疲れ様でした!(実行員長を辞めるわけではありませんよ)
このあと、胴上げが行われました。立派ですね・・・・
あとの祭り状況の大松明です。
【第30回 美瑛神社・那智美瑛火祭り】まとめ
30年目の節目の祭りを記録させていただきました。見ていても迫力のあるこの祭りは、なぜこのような事を始めたかを知ると、普段よりも違った見方で祭りを見ることができます。「十勝岳鎮火の祈り」をこの火に込めて、毎年行われている行事として、今後も見続けていけたらと感じます。
実行員会の皆さにはお世話にっております。また快く撮影の許可をいただき感謝申し上げます。また来年、お会いしましょう!