2017年8月10日に取材
今年の下町巡行も楽しみにしていたのであるが、やはり何処かに居なければいけない人がいないのは寂しさを感じます。
数年前から、中歌町蛭子山のお囃子を覚えて山車(ヤマ)の巡行に参加させてもらいましたが、お囃子の師匠である新出誠氏が出て居ない祭りは、塩を振っていない握り飯のように一味足りないと思わせます。いつもいた弟の篤さんもいないし、あの家がひっそりとしている光景は、見るたびに心が詰まりますね。
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今年の蛭子山
今年祭りで、最後の巡行する山車(ヤマ)に気がつかれた方は、多かったでしょうか?
来年には、老朽化した山車(ヤマ)の土台を交換ということで、明治以降使用されたこの土台とも今年でお別れするということになっておりました。
中歌町となる前の町名は「九艘川町」と呼ばれて、現在の中歌町と姥神町が一緒の町内でした。昭和十二年に町区域改正により、九艘川町から、中歌町、姥神町と2つの町名になりました。町名は2つになり、人形は中歌町、水引「日本三景之図」は姥神町豊年山へ受け継がれています。
特別に、下町巡行の際には姥神町から本来の水引「日本三景之図」を掲げての下町巡行となっておりました。
この日、下町巡行のみの兄弟分の姥神町より拝借しての巡行でした。この祭り、山車(ヤマ)を愛している町内会の皆様には頭が下がりますね。
私の方は、下町も無事に祭囃子を無事に行ってきました。
近年は札幌でお世話になっている人たちが、この祭りの魅力を感じていただき、宿の手配やらで忙しく、写真はほとんど撮影しておりません。所々押さえておりますが、毎年のことですから、敢えて掲載致しませんので、ご了承ください。
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江差姥神大神宮祭礼写真集