福島町の松前神楽

福島町 吉岡八幡神社 門払い・本祭【平成21年】

2009年8月15日

昨日から福島町・松前町方面で取材をさせてもらっています。
今日は、福島町・吉岡八幡神社と松前町・熊野神社を取材する予定です。福島町・吉岡八幡神社は、午前は門祓いと本祭が執り行います。午後からは、松前町に行き熊野神社の夕祭を取材しようと思っています。

吉岡八幡神社について

福島町・吉岡八幡神社は、寛永3年(1626)村中建立、元文4年(1739)松前藩主第11世邦広公再建しているが、当初は笹井(常磐井)家の兼務でのち宮歌八幡神社の藤枝家の兼務となった。安永7年(1778)天明7年(1787)文化7年(1810)と再建されています。
と、北海道神社庁のホームページで由緒を見ると述べられている。福島町は松前藩の直轄地であったせいか、藩主が神社を再建したりしているのがわかる。

吉岡八幡神社

門祓と本祭での松前神楽

昨日の宮歌八幡神社よりも門払いの範囲が広く、8時30分出発から午前中で終了した。

門払い出発

福島町 吉岡八幡神社03

細かい所は、旗と御幣と塩打ちと笛だけが家の付近まで、玄関先まで向かいます。


午後1時から吉岡八幡神社本祭となり、本祭が執り行われました。
今回奉納された神楽は、祝詞舞(のりとまい)、福田舞(ふくだまい)、山神(さんじん)、十二の手獅子舞・五方(じゅうにのてししまい・ごほう)の4座が行われた。

祝詞舞(のりとまい)

祝詞舞(のりとまい)、弊帛舞(みてくらまい)、榊舞(さかきまい)とも云います。
その神社の宮司が朝夕玉垣内に参進して、神域を祓い清め、神拝して御幣を奉るといいます。神職の神明奉仕の姿を表した舞いであで、函館と近郊の町で行われる際には、松前神楽奉納となる時、斎主(その神社の宮司)が最初に舞われる舞いです。

福島町 吉岡八幡神社04

祝詞舞(のりとまい)

福田舞

福田舞(ふくだまい)、跡祓舞(あとはらいまい)とも云う。跡祓舞(あとはらいまい)は、宵宮祭で獅子舞を行わない神社で、一番最後に行うことから跡祓(あとはらい)とも云います。四方の神々を拝し、祓い清めて干ばつ、暴水、火難の災いを除き、五穀豊穣を祈願する舞いです。

福島町 吉岡八幡神社05

福田舞(ふくだまい)

山神

奥山の榊葉を持ち山神を表し、海鳥のしぐさを真似て山神にご覧になってもらい、おなぐさめ申し上げるという舞です。

福島町 吉岡八幡神社06

山神(さんじん)

十二の手獅子舞・五方

十二回手が変わるので、十二の手獅子舞と言われる云われている。1年十二ヶ月を形どり、獅子幕も十二反使用するを本格とするのです。
五方とは、東西南北と正中を祓い固め蝦夷鎮定、国土安穏を祈る様を表しています。

吉岡八幡神社で見つけた額

社務所内を見ていると、以宮司であった人の写真を見つけました。
名前は、相原末次郎、三影慶次郎とあり、昭和39年に発刊された「松前神楽」の本に名前や写真が掲載されていた名前であった。

福島町 吉岡八幡神社07

最後に

たびたびこのブログを見て頂いている方から、「どうしてこのようなことしているのか?」等の質問を受けるが、あくまでもその土地の町の記録は必要と感じております。記録しておいた方がいいと感じるし、「松前神楽」を撮りたくて取材していますし、手探りながらその土地で行われている松前神楽を実際に見て、思ったことを書いています。松前神楽でもコンサートでも、「生演奏」が一番いいと感じます。公式のブログでもないが、勝手ながら神楽舞の魅力を伝えられたらと思っています。一度でもお近くで行われるお祭りに足を運び、「松前神楽」を生で見て欲しいと思います。
午後は、松前町に移動し、熊野神社の夕祭を取材します。

追加

気になって撮影した写真・相原末次郎さんは、松前神楽でも当時著名な人です。松前神楽の黄色い本にお名前が出ており、本会員(松前城内正統神事松前神楽保存会)名誉師範という名称が付いております。
調べてみると、宗家佐々木家・安貫(やすつら)の直弟子ということです。

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