2018年1月15日に取材
昨夜から微熱が出て、取材どころではなくなり早めに戻り、この日を迎えました。
行修者のパワーをもらったお陰もあり、微熱が引いていましたので、海水沐浴の取材に行くことにしました。
病み上がりですので、無理のないように海水沐浴までの取材となりました。
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今年の佐女川
このブログの毎年の行事とまで言わないですが、この禊ぎの水はこの佐女川の水を使用して行われたという伝説があります。
この川の様子で、寒さが感じられると感じて毎年掲載しております。
暖かいのだろうか?何かと今年は、私の住む北斗市は雪害です。通常以上の積雪で、毎日のように雪かきに追われてしまっています。
比較的に、木古内町は例年並みよりちょっと多いようだけど・・・
神社前で
早朝に一度、水垢離が行われて以降水垢離は行われていないです。この海水沐浴のために、朝以外は水垢離は行われないように記憶しています。出発式が拝殿で行われて、拝殿前に行修者が一列に並びます。
どことなく、水垢離を通して顔の表情が最初の日よりは変わっているのが気が付きます。それだけの水垢離で、身体を清めてこの日を迎えています。
みそぎ行列と海水沐浴
さて行修者は、みそぎ浜に向かうます。警護されるように四人は、佐女川神社の御神体を持って、神職による松前神楽の笛・太鼓が奏でながらみそぎ浜に向かいます。
海水沐浴まで時間があるますが、みそぎ浜に行きました。今年も大勢の取材陣がこの海水沐浴を見守ります。今年は規制があり、行修者の道を挟んた左側のみに取材陣というスタイルになりました。無理もないことです。右側の奥には、観客が早くから海水沐浴を見ておりまして、以前背中から
見えない!
などの声が聞こえます。
取材といえどもこの声を聞きながら、写真を撮ろうとマスコミもカメラマンも同じ場所に一緒にいます。取材と、コンテスト目的のカメラマンが混在しており、とても取材がしにくい環境にあります。コンテストと取材を区別してほしいと思いますが、毎年このように混在している環境も珍しいと思います。それでもなんとか撮ろうとする気持ちもわかりますので、大きいことは言えませんが、環境を整理する必要があると感じております。
海水沐浴へ
行修者の顔が見えませんが、今回は後ろから撮影しました。環境が悪くなりつつあり、今年は津軽海峡の状況が悪く、海に入ることが難しいと判断しました。それでも撮影したいと感じるのは、カメラマンという悲しい職業です。それを生業にしております。でもこの状況下では、仁義ない攻防が繰り広げられます。警護の行修者OBの人の声も大きくなり、それを聞かない状況もありと現場は過酷です。
いよいよ、行修者は海水沐浴へ
御神体を清め終わると、みそぎ浜で水垢離が行われます。
まとめ
立派に行修者は、御神体を清めて最後の水垢離を行い無事に終了しました。
この後神社の拝殿に戻り、本祭が行われますが、流石に病み上がりの身体を寒風の中に晒したので、悪くなる前に養生しなければと感じて取材はここまでです。
1月は、駆け巡るように取材をしてこの「寒中みそぎ祭」で終了です。
今年はどこの神社に行こうかと考える時間に入ります。この後、5月まで考えようと思います。