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福島町の松前神楽

福島町 福島大神宮 本祭 2009

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福島大神宮の本祭である。渡御の初日から中3日ほど経ったて本祭となった。
本祭とは神社にとっては、その土地に神様が鎮座した日、つまり誕生日であるので、帰る訳にはいかないのが定説である。日程上渡御や宵宮祭は動かしても、本祭は動かすことはできないらしい。
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福島大神宮 拝殿
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いつもお邪魔しておきながら、福島大神宮の由緒を記していなかったので、いつもながら北海道神社庁のページから引用させてもらう。

創立年代不詳。本州からの渡海者が伊勢皇大神宮の大麻を奉じて「カムイナイ」(アイヌ語)という小沢に鎮座したと伝えられる。天正2年(1574)福島村常磐井家の遠祖常磐井治部大輔藤原武衡再建。更に慶安2年(1649)9月16日村中にて再建。時に3代祠官笹井(常磐井)今宮藤原道治斎主となり、第9代松前藩主松前高広の命により福山神明社より古神鏡を奉遷し遷座祭を斎行。文化4年(1807)社殿焼失し、現在の「鏡山」の地に社殿を遷座。明治9年福島神明社を現社名に変更し、旧郷社に列せられる。

北海道神社庁より引用
常盤井家は、白鳥家という松前藩の神社のトップの家にも交流があり、城内神楽や城下七社神楽にも参加しており、歴史的にも深いと思われる。
今回奉納された松前神楽は、祝詞舞(のりとまい)、福田舞(ふくだまい)、八乙女舞(やおとめまい)、荒馬舞(あらうままい)、獅子舞・五方(ししまい・ごほう)であった。
祝詞舞(のりとまい)、弊帛舞(みてくらまい)、榊舞(さかきまい)ともいう。
その神社の宮司が朝夕玉垣内に参進して、神域を祓い清め、神拝して御幣を奉るという。神職の神明奉仕の姿を表した舞いである。函館と近郊の町で行われる際には、松前神楽奉納となる時、斎主(その神社の宮司)が最初に舞われる舞いである。
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祝詞舞(のりとまい)
福田舞(ふくだまい)、跡祓舞(あとはらいまい)とも云う。跡祓舞(あとはらいまい)は、宵宮祭で獅子舞を行わない神社で、一番最後に行うことから跡祓(あとはらい)とも云う。四方の神々を拝し、祓い清めて干ばつ、暴水、火難の災いを除き、五穀豊穣を祈願する舞いである。
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福田舞(ふくだまい)
八乙女舞(やおとめまい)は、女性二人が白衣、 緋袴、 千早を着し、 扇を持って舞う。 松前神楽は本来男性の舞で、 この舞は後代にいたって創造されたものと考えられる。
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上2枚・八乙女舞(やおとめまい)
荒馬舞(あらうままい)、松前遊(まつまえあそび)、正前遊舞(しょうぜんあそびまい)ともいう。城内神楽の神楽修行の際に、たまたま藩主の機嫌が悪くこれを直さんと考え馬が好きな藩主の為に、馬術の様子を即興的に創り演舞したところ大変喜び、機嫌を直したという。
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荒馬舞(あらうままい)
十二回手が変わるので、十二の手獅子舞と言われる云われている。1年十二ヶ月を形どり、獅子幕も十二反使用するを本格とするのである。五方とは、東西南北と正中(真ん中)を祓い固め蝦夷鎮定、国土安穏を祈る様を表している。
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上2枚 十二の手獅子舞・五方(じゅうにのてししまい・ごほう)
ほとんど今月で祭礼は終了となり、わが町・北斗市が最後となる。今年はいろいろと取材に走った。来年は大人しくなるだろうと思われる。
どうにもレンズクラッシュ以降使用している、オールドレンズは癖玉で(フィルム時代のレンズで、たぶんデジタル対応していない)すごくオーバーぎみに撮影したり、アンダーぎみに仕上がったりとポイントを掴むにも大変である。標準系レンズの購入も検討中で、こんな癖玉で撮影してストレスが溜まる一方である。無理矢理、言うことを聞かしているレンズではあるが、荒馬を操るごとくこの癖玉と戦っているが、癖玉の特性を掴みつつ撮影している。新たにレンズを購入する方が無難のようだ。

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