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函館市内の松前神楽

函館市 湯倉神社 宵宮祭 2010

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函館・湯の川の温泉街の湯倉神社の宵宮祭に、今年も神楽舞いを見に行きました。
以前ここの神社は、福島大神宮の前宮司・常磐井武宮さんが数年間、代宮司をしていました。助勤といって、お祭りを助けにいらっしゃる周辺の町の宮司又は、禰宜たちが祭礼や神輿渡御のお手伝いをしています。各市町村からいらっしゃる神職が集まり、松前神楽の形式が異なり、ここで数カ所の形式を見ることができました。
松前神楽の形式でいうと、福島式、函館式、松前式が行われていまして、見る方(基本的に私だけですが)にとっては面白い所でありました。現在では、松前式、函館式が見られます。松前神楽と浦安の舞も見られるので、浦安の舞を目的にいらっしゃる方もいると思われます。
浦安の舞は、昭和天皇御製(昭和天皇が詠まれた和歌を御製という)をもとに作られた舞であるそうで、昭和15年皇紀2600年を奉祝して振り付けされた神楽で、それ以降代表的な神楽だそうであります。
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浦安の舞


行われた神楽舞いは、弊帛舞(みてくらまい)、福田舞(ふくだまい)、神遊舞(かみあそびまい)、三番叟(さんばそう)、十二の手獅子舞・五方(じゅうにのてししまい・ごほう)の5座が奏上されました。
弊帛舞(みてくらまい)、榊舞(さかきまい)、祝詞舞(のりとまい)とも云います。
その神社の宮司が朝夕玉垣内に参進して、神域を祓い清め、神拝して御幣を奉るという、神職の神明奉仕の姿を表した舞いであります。函館と近郊の町で行われる際には、松前神楽奉納となる時、斎主(その神社の宮司)が最初に舞われる舞いであります。
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弊帛舞(みてくらまい)
福田舞(ふくだまい)、跡祓舞(あとはらいまい)とも云います。跡祓舞(あとはらいまい)は、宵宮祭で獅子舞を行わない神社で、一番最後に行うことから跡祓(あとはらい)とも云います。四方の神々を拝し、祓い清めて干ばつ、暴水、火難の災いを除き、五穀豊穣を祈願する舞いであります。
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福田舞(ふくだまい)
神遊舞(かみあそびまい)、天皇遊舞(てんのうあそびまい)とも云います。
二人の武人が弓矢を持ち、四方の悪魔を退散し、正しい心に返す意味の舞で、松前藩の威徳を内外に示し、蝦夷地鎮定、天下泰平を祈願した舞であります。この舞は、松前藩主6代矩広(のりひろ)公の作品だと伝えられています。たしか昨年、この舞に関しては「函館式」が行われていました。特徴は、舞いの途中で2回ほど小さく跳びます。「松前式」でも跳んでいたということを聴いていまして、その名残がこの「函館式」に残っています。今回はそれが見たかったが、見た目は「函館式」、中身は「松前式」でした。
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神遊舞(かみあそびまい)
三番叟(さんばそう)は、背が低く、顔が黒く、精力絶倫にして健康長寿、正道徳行の翁が、才智多い子孫に恵まれ自身もまた長寿であることを喜び舞う、家門の隆昌、子孫の繁栄を祝福した舞いであります。
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三番叟(さんばそう)
十二回手が変わるので、十二の手獅子舞と云われています。一年十二ヶ月を形どり、獅子幕も十二反使用するを本格とするのであると云われています。五方とは、東西南北と正中(真ん中)を祓い固め蝦夷鎮定、国土安穏を祈る様を表しています。
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十二の手獅子舞・五方(じゅうにのてししまい・ごほう)
「はじめから終わりまで「函館式」が行われているのは、本当は少ないのでは?」と感じはじめました。それか、「函館式」を習う人が少ないのか?とも思われてきました。函館市内はあまり見ていないのもあり、あくまでも憶測であります。函館市内での取材には、あまりいい印象を受けていなかったので、これから行ってみようと思います。
     

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