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函館市内の松前神楽

函館市 北海道東照宮 本祭

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今年の取材は、昨年よりも行くことはないと思われるが、まだ行っていない神社にはいこうと思う。
6月13日(日)そのはじめとして、函館の由緒のある「北海道東照宮」を取材させてもらった。ここでも松前神楽が奉納されている。
例祭(おまつり)シーズンでは、トップを切ってはじまるのがこの「北海道東照宮」からだという。確かに気が付いた頃には、終わっているという私個人の印象である。いろいろと話には聞いていたが、宵宮祭では松前神楽の奉納はされないようである。
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北海道東照宮


北海道東照宮の由来は、文化11年(1814年)(御宮日記には、寛政年間と有る)外敵退散、鎮護国家、蝦夷地繁栄の願をかけられ、北海道の日高の様似に祀られた。その後、五稜郭築城に際し鬼門の地に、壮麗な社殿を建立し、元治元年(1864年)奉遷する。箱館戦争により社殿は破壊され、谷地頭、元町、宝来町に奉遷する。函館大火により、一時に湯倉神社に避難する。仮社殿を建立し、台風の影響で損害を受けながら、平成4年(1992年)に創世の地でもある神山の奥、陣川に移遷し、現在に至る。境内に置かれている手水鉢(ちょうずばち)は、箱館戦争時の弾痕が残る貴重なものとなっている。
奉納された神楽舞は、榊舞(さかきまい)、福田舞(ふくだまい)、二羽散米舞(にわさごまい)、注連祓舞(しめはらいまい)、十二の手獅子舞・五方(じゅうにのてししまい・ごほう)である。
榊舞(さかきまい)、弊帛舞(みてくらまい)、祝詞舞(のりとまい)ともいう。
その神社の宮司が朝夕玉垣内に参進して、神域を祓い清め、神拝して御幣を奉るという。神職の神明奉仕の姿を表した舞いである。函館と近郊の町で行われる際には、松前神楽奉納となる時、斎主(その神社の宮司)が最初に舞われる舞いである。
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榊舞(さかきまい)
福田舞(ふくだまい)、跡祓舞(あとはらいまい)とも云う。跡祓舞(あとはらいまい)は、宵宮祭で獅子舞を行わない神社で、一番最後に行うことから跡祓(あとはらい)とも云う。四方の神々を拝し、祓い清めて干ばつ、暴水、火難の災いを除き、五穀豊穣を祈願する舞いである。
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福田舞(ふくだまい)
二羽散米舞(にわさごまい)、庭散米とも書き、鳥名子舞(とりなごまい)とも云う。
鶏は天の岩戸開きに暗黒の世より光明の時を告げ、世の始まりに地を踏み固めた瑞鳥であるとされています。雌雄二羽の鳥形の冠を頭に冠し、羽根には雄は瑞雲つまり天を表し、雌は海の波を形どり地を表して、雌雄親しみ和合して、世の中が平和である様を表し、神の恵みの米をまき散らし、千五百秋の瑞穂の国の五穀豊穣を祝う舞いである。
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二羽散米舞(にわさごまい)
注連祓舞(しめはらいまい)、〆引(しめひき)、七五三祓舞(しめはらいまい)ともいう。白扇を四方四隅中央を祓い、真剣を抜き天井に十文字の縄を張った注連縄を切り払い、悪魔退散、国土安穏、千秋万歳を祝して舞う。
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連祓舞(しめはらいまい)
十二回手が変わるので、十二の手獅子舞と言われる云われている。1年十二ヶ月を形どり、獅子幕も十二反使用するを本格とするのである。五方とは、東西南北と正中(真ん中)を祓い固め蝦夷鎮定、国土安穏を祈る様を表している。
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十二の手獅子舞・五方(じゅうにのてししまい・ごほう)
行きたいと思う所には、訪問させてもらってきているが、数年前から来たかったのは、この北海道東照宮であった。
助勤(じょきん:神職が他の神社に呼ばれてお手伝いすること)している方々は、道南ではなかなか見ることのできない人達で行われているという点であった。神楽の座数は多くはないが、大きな拍手の出た舞いもあった。
笛・太鼓も人、場所が変われば何となしに雰囲気も変わるので、個人的にはそういうマニアックな楽しめ方が出てくるものである。

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